ききやま氏によるフリーゲーム「ゆめにっき」がどのようにしてつくられたか考えてみる。
使用されたソフトウェア
ゆめにっきの制作には RPGツクール2003 が使われている。
ゆめにっきに付属する「初めに読んでください。.txt」には、素材制作等に以下のフリーウェアを利用した旨が記載されている。
- EDGE: ドット絵エディタ
- DotPainterALFAR: ドット絵エディタ
- SoundEngine Free: 音声波形編集ツール
- TVG: 画像編集ツール
- Cherry: MIDIシーケンサ
- spwave: 音声波形編集ツール
- ゆめいろのえのぐ: ペイントソフト
- ツクール実行君: おそらく「ゲームスタート.exe」の作成に使われたツール
- RPGデバッガー200X: RPGツクール2000/2003向け開発ツール
- RPGイメージコンバータ200X: XYZ形式向け画像ファイル変換ツール
- 午後のこ~だ: MP3エンコーダ
直接的にゲームと関係しないが、ききやま氏のサイト「KikiyamaHP」の初期は、ホームページビルダー6.5で作成されていた痕跡がある。
Wayback Machine で2004年頃のサイトを開いてソースコードを見てみると、
<meta name="GENERATOR" content="IBM WebSphere Studio Homepage Builder Version 6.5.0.0 for Windows">
という記述がみられる。これはホームページビルダーが自動的に挿入するタグである。
しかしその後はこの記述が消えてソースコードが整理されていることがうかがえるため、どこかの時点で手書きHTMLなどに切り替えた可能性がある。
BGM・SE
「ゆめにっき」の制作に使用されたことが明記されているサウンド系ソフトウェアは以下の4つのソフトがある。
ゆめにっきのサウンド制作には、ヤマハ製のハードウェア音楽制作機材が使われている可能性が高い。
ききやま氏が音楽を投稿していた「プレイヤーズ王国」(かつてヤマハが運営していた音楽配信サイト)のサイトから、いくつか推測できる点がある。このサイトはすでにサービスが終了しているため閲覧できなくなっているが、現在でも Web Archive にアーカイブが残っている。
プレイヤーズ王国の楽曲説明文等から読み取れる音楽機材には、以下の3つがある。少なくとも作者のききやま氏はこれらの機材を所持していたことがうかがえる。
ヤマハのXG音源
かなり多くのBGM・SEに、ヤマハ製MIDI音源(XG音源)に収録されている音がみられる。
以下の動画では、リズムマシン YAMAHA RS7000 の内蔵音源を使ってBGMを再現している。
その他、確認済のものを記載する。音色名は YAMAHA QY70 に準拠する。
- 包丁刺殺時のキョアーオ(キャー1.WAV): 「Sfx 098 Scream」
- ギロチン部屋の笑うタンス(笑い声.WAV): 「Sfx 097 Laugh」
- ドアの音(木ドア閉める.WAV): 「Sfx 067 DoorSlam」
- 鳥人間ピクニック(BGM_016.WAV): 「Pc 115 SteelDrm」
- ほうき飛行の強制起床EV(急降下.WAV): 「Sfx 035 Wind」を様々な音程で鳴らしている?
未検証のもの
- 「おに」のカミナリ(雷鳴.WAV): QY70の雷鳴とは異なる。
- 刺殺時のコイン取得(¥100.WAV): 「Cp 011+Orgel」が近い? 少し違う
- (voice.wav)
- ふえ(笛1~笛5.WAV)
- 鳥人間パーティー(BGM_016.WAV)
- セコムマサダ先生のオルガン(オルガン_01~03.WAV)
マイクで録音されたもの
いくつかマイクで収録したらしき音がある。
- トイレ流す.WAV
- ベッドに入る.WAV
- キュ1.wav
- キュ2.wav
- デパート(BGM_036.WAV)
ダメムリ音
「ブザー1.WAV」「ブザー2.WAV」は、録音した女性の声を高速再生したものと考えている。
実際に低速再生して聴いてみるとわかりやすい。ダメムリ音声の再生スピードを70%程度下げると、おそらく元のピッチに近い人間らしい声に戻る。
この音声は合成音声ではなく録音と考えられる。ダメムリ音声の無音部分を見てみると、マイクで録音したような背景ノイズが確認できる。
音素材の容量削減
READMEのバージョン0.02更新時に「音素材の容量を約半分に減らしました」と書かれている。これはサンプリング周波数を半分にすることで実現されていると考えられる。
BGMやSEのサンプリング周波数はいずれも 22,050 Hz となっている。これは、音楽CDなどで採用されている一般的なサンプリング周波数の 44,100 Hz のちょうど半分となる。
バージョン 0.04 では、BGM_03.WAV (ブロックの世界), BGM_04.WAV (暗闇の世界), BGMループ6.wav (マイルーム夢) が 44,100 Hz の状態で残っている。バージョン0.01までさかのぼれば、サンプリング周波数 44,100 Hz 版の高音質BGMが収録されているのかもしれない。
グラフィックス
創作ノート
ゆめにっきの制作にあたって、ききやま氏は創作ノートを作っていたことが明かされている。(4GamerによるゆめにっきDD開発者へのインタビュー記事より)
4Gamer:
今回新たに,ききやまさんが原作の制作当時に描いた未発表キャラクターが登場すると告知されましたが,どういった経緯で登場することになったのでしょうか。一之瀬氏:
もともとは,こちらからキャラクターが欲しいとお願いしたのがきっかけです。ききやまさんは快諾してくださり,すぐにイラストを提供していただきました。これは後から知ったのですが,このキャラクターは,原作に登場できなかったキャラの中でも特にききやまさんがお気に入りだったのだそうです。(原作の制作当時,ききやま氏が描いた元のデザイン(左)と,「DREAM DIARY」用にリデザインされたイラスト(右))
4Gamer:
思い入れのあるキャラということは,原作の設定や,どこに登場する予定だったかなど,ききやまさんから説明があったのでしょうか。水谷氏:
いえ,それがまったくなかったんですよ。あのイラストがすべてです(笑)。
「そもそもこのキャラって何なんだろう……?」というところから始まり,そこから3Dだとどう見えるかを考えてモデルを作ったり,体の色は何色なんだろうと打ち合わせをしたりしながら作っていきました。4Gamer:
イラストが送られてきてから立ち位置を決めていったと。一之瀬氏:
ききやまさんのご自宅には,ゆめにっきの制作にあたって作られた「創作ノート」というものがあり,その中に描かれていたキャラの1体だそうです。
創作ノートの内容は、ききやま氏が実際に見た夢をまとめたものである。
4Gamer:
今も創作ノートを残しておられるんですか。一之瀬氏:
私も実物を見たわけではないんですけどね。
恐らくこれはききやまさん自身も公式にお話されていないと思うんですが,ゆめにっきの世界観は,“実際にききやまさんが見た夢”がベースになっていて,それを創作ノートにまとめているのだとおっしゃっていました。
Toby Fox氏によるインタビュー記事では、ゆめにっきの制作以前から同様の作風の絵を描いていたことが明かされている。
『ゆめにっき』を作る前から、ああいうスタイルのヘンなクリーチャーやシーンの絵をよく描いていましたか? → はい
未使用グラフィックス
ゲームの未使用素材をまとめたサイト「The Cutting Room Floor」にゆめにっきの未使用素材が一覧化されている。以下は v0.04 のもの。
素材を用意していたが作中で使わずに削除したとみられる素材が複数ある。
このことから、ゆめにっきの制作は「たくさん素材を作り、それらを組み合わせ、気に入ったものだけを残す」といった流れで進められた可能性がある。
写真
実写写真と思われる素材がいくつかみられる。
いずれも写真をそのまま用いることはせず、編集・加工されている。
- ベランダの背景
おぼろ月夜(水溜りの世界も同じ写真)
夕焼け
山 - ほうき飛行の背景
曇天の空のもと、山脈と街が見える
山梨の「和田峠みはらし広場」説が有力(みかげあひる氏のツイート)。
京都の「三鈷寺」説もあった(べこ氏のツイート)。 - 町が見える崖の背景
夜景 - 樹海電車
質感からおそらく写真に手を加えたもの? 「国鉄スハ32系客車」説がある。 - 火星マップチップ
質感からおそらく写真に手を加えたもの? 赤っぽい石。 - 火星さんの左側にある機械
SLの写真?
他に、未使用の写真グラフィックスとして v0.04 の 海の写真 がある。
ゲームシステム
ききやま氏は「ゲームの中で多くを語らない」「説明的な部分をなくすことでプレイヤーに自由に遊んでもらう」ことを重視していた、という情報が出ている。4GamerによるゆめにっきDD開発者へのインタビュー記事では、カドカワの一之瀬裕之氏が次のように語っている。
4Gamer:
今回,原作者のききやまさんが監修しているということですが,「DREAM DIARY」には具体的にどう関わっておられるのでしょうか。一之瀬氏:
ききやまさんとは,本作の企画段階からお話をしていて,3D化やゲーム内容についてももちろんご存知です。
ただ,ゆめにっきをプレイしていただければ分かると思うのですが,「ゲームの中で多くを語らない」というのが,ききやまさんのスタイルで,我々にも多くを語らない方なんです(笑)。もちろん,監修はしっかりしていただいていますが,最初から「ここをこうしてほしい」というように多くオーダーがあったわけではなく,「自由にしていただいて構いません」とおっしゃっていただいたところから開発が始まっています。4Gamer:
一之瀬氏:
システムや演出に関して何か特別なオーダーがあったわけではないと。
一方で,「ゆめにっきがゆめにっきたり得る,外せないポイント」のようなものはあると思います。そこに関してききやまさんは何かおっしゃられていましたか。
ききやまさんは,「ゆめにっきの根幹にあったのは,説明的なものをなくし,プレイヤーに自由に遊んでもらいたいという思いだった」とおっしゃられていました。
「DREAM DIARY」も,説明的な部分をなくし,ある意味でプレイヤーを突き放していると言える作品なので,ききやまさんには「説明的な部分がなくて,原作に忠実でいいですね」とおっしゃっていただけました。
元ネタ・影響を受けたとおぼしきもの
ゆめにっきの作中に登場するモチーフには、いくつか元ネタが推測されるものがある。元ネタについては根拠が示しづらいため、「こう考えると面白いかも」程度の視点として捉えていただきたい。
また、各作品のネタバレを一部含むため、ご存知でない方は注意していただきたい。
ゲーム: L.S.D. (1998)
サイケデリックな夢の世界を歩き回るPlayStation向けゲーム。佐藤理氏がプロデュースした作品。佐藤理氏による他のゲーム作品として、『東脳』(とんのう)、『東京惑星プラネトキオ』などがある。
。西川公子(にしかわひろこ)。
このゲームはゆめにっきに直接的な影響を与えた可能性が非常に高い。ききやま氏はインタビューで「佐藤理氏のゲームをプレイしたことがある」と回答している(「Toby Foxの秘密基地」より)。
コンセプト面の類似性:
- 夢の記録をもとに制作されている
グラフィック面の類似性:
- 顔絨毯広場
- ネオン(類似したテクスチャがある)
- 赤い顔(通称・太陽の橋)
システム面の類似性:
- いくつかテーマのある世界を歩き回る
- 見た目が大きく異なる他の場所へワープしがち
- 地面にあわせてリアルタイムに足音が変化する
- ランダムに確率出現する要素がある
- 夢の中で追いかけてきて進行を妨げるキャラクターがいる
ゲーム: serial experiments lain (1998)
上述の L.S.D. とほぼ同時期(1998年秋)に発売されたPlayStation向けゲーム。
コンセプト面の類似性:
- 明確な説明が与えられず、プレイヤーに解釈をゆだねる
- 理由が説明されない自殺でプレイヤーを惑わせる
- 情報を断片化することでプレイヤーに凄惨な状況を想像させる
グラフィック面の類似性:
- 紫基調のグラフィック
serial experiments lain は(いわゆる)メディアミックス作品である。雑誌連載 → テレビアニメ → プレステ用ゲーム の順にリリースされた。
各メディア作品間に明確なつながりはないが、いずれも主人公の少女「岩倉玲音」がダークなネットの世界にのめりこんで狂気を帯びていく。
ゲーム版では岩倉玲音の小学校卒業~中学校入学付近が描かれる。ゲーム版の岩倉玲音をゆめにっきの窓付きのモデルと考えるのであれば、窓付きの年齢は12才あたりと想像できる。
ゲーム: MOTHER (1989), MOTHER2 ギーグの逆襲 (1994)
コピーライターの糸井重里氏が手掛ける
MOTHER はファミコン、MOTHER2 はスーパーファミコン向けにリリースされた。
グラフィック面の類似性:
続編である MOTHER3 の公開は2006年と、ゆめにっきの公開より後である。
スタジオジブリ作品
いくつかスタジオジブリ作品を彷彿とさせる
モチーフの類似性:
アンデス文明の染織模様
アンデス文明の織物に描かれるパターン(特にパラカス文化のもの)が近い。文化資料を所蔵している大学や博物館のサイトから、多くの資料写真が閲覧できる。
andes.civilization.u-tokai.ac.jp
グラフィック面で類似しているもの:
- カリンバイベント
- ノイズ箱イベント(ぜんまい荒野)
- 背景(扉部屋、目玉の世界、蝋燭の世界、盾民族の世界)
- ネオンの世界(猿っぽい置物)
- デフォルトのメニュー画面
元ネタではないことがわかっているもの
- Aphex Twin
イギリスの音楽アーティスト。アンビエントやドリルンベースといったジャンルの音楽を制作している。Aphex Twin 作品のなかでも Selected Ambient Works Vol. II (1994) はゆめにっきのテイストに近い曲がいくつかある。しかし、ききやま氏はインタビューで Aphex Twin の音楽を聴いたことはないと回答している(「Toby Foxの秘密基地」より)。
参考
ゆめにっきの攻略
有名なゆめにっきの攻略サイト。マップ名などはこのサイトに準拠する。
Yume Nikki Wiki
海外のゆめにっきガイド。検索エンジンだと Fandom が上位に食い込むが、そちらは古い内容のコピーサイト。
The Cutting Room Floor
様々なゲームの未使用素材やデバッグルームなどをまとめたサイト。スペイン語圏でゆめにっき関連の探究をしている Team #LaInvestigaciónYN の貢献が大きい。
『ゆめにっき』をどのように語るべきなのか
他のゲームやアンデス文明遺物からの影響に関する考察。
『YUMENIKKI -DREAM DIARY-』開発者インタビュー “アンチ・ストーリー”な名作フリーゲームはいかにして生まれ変わったのか?
ゆめにっきDD開発チームへのインタビュー。ききやま氏への言及がある。
ファンの想像する余地を大切にするのが「ゆめにっき」らしさ。「YUMENIKKI -DREAM DIARY-」開発チームインタビュー
ゆめにっきDD開発チームへのインタビュー。ききやま氏への言及がある。
“Tobyが訊く”スペシャル 業界初『ゆめにっき』作者“ききやま”氏に10の質問インタビューが実現!
「UNDERTALE」のToby Fox氏による、ききやま氏へのインタビュー記事。